自営業をしている方が交通事故の被害に遭い、お仕事を休んだ場合、休業損害はどのように算定されるでしょうか。
自営業の方は会社員とは異なり、休業損害の算定は複雑です。
先に結論をいってしまうと、客観的な証拠をどれだけ揃えられるかが勝負となります。
以下で説明していきます。
自営業の休業損害の算定方法
自営業の休業損害の計算は、実は事例や裁判官によって様々な考え方があり、一概に決まったものがあるわけではありません。以下では、代表的な計算方法を紹介します。
減収を正確に算定する方法
そもそも、休業損害の賠償は、交通事故で負傷したことで就労できなくなり、減収となった場合に、その減収分を補填することを目的とします。
そのため、どれくらいの減少となったかを被害者側が立証しなければいけません。
減収を立証するためには、
- 事故前にどれくらいの所得があったか
- 事故後、どれだけ所得が減ったのか
を説明しなければいけません。
イメージとしては、以下のような図になります。
例えば、事故前数か月間の平均所得が月30万円で、交通事故から症状固定日(治療終了日)までの期間の所得が月30万円を下回っており、それが交通事故後の傷病が原因である場合には、その差額を休業損害として請求することができます。
請求することができる期間は、あくまで症状固定日(治療終了日)までです。
ここでのポイントは、売上の減少を算定するのではなく、売上から経費を控除した所得を基準に減収を算定するという点です。
基礎収入をベースに休業日数を乗じる方法
減収が明らかにできない場合や、不明確な場合でも、以下のような計算式で休業損害を請求することは可能です。
(基礎収入➗365)✖️休業日数✖️労働能力喪失率
※しかし、実際の示談交渉では、事故後の減収の事実を説明するよう保険会社から求められます。これが説明できないと、保険会社によっては自営業の休業損害を認定しないこともあります。
基礎収入
基礎収入の説明、立証は必須です。
自営業の方の基礎収入は、以下のように考えられます。
事故直近の所得+固定経費
ここでいう所得は、税制上の優遇を受ける前の所得です。確定申告書の記載欄でいうと、専従者控除前の所得や、青色申告特別控除前の所得を指します。
税制上優遇を受けた結果の所得は、被害者の本来の稼働能力を現しているものではありませんので、税制上の優遇により所得から控除される額は考慮しません。
また、ここでは固定経費も算入します。
これはなぜかというと、もともと自営業の方は一定の売上をベースに固定経費を設定している方が多く、事故により売上が上がらない状況で固定経費のみ出費するというのは、それ自体損害と考えることができるからです(ただし、固定経費を全額算入するのは事故後全休した場合のみです)。
そして、一般的に基礎収入に算入できる固定経費は以下の項目です。
・地代家賃
・水道光熱費(基礎額)
・損害保険料
・公租公課
・修繕費
ただし、何が固定経費に該当するかは事業によって異なりますので、被害者側として請求する場合は、
売上ー明らかな変動経費=基礎収入
として算出する方がいい場合もあります。
休業日数
休業日数は、実際に仕事を休んだ日が明らかになっていればその日数となります。また、治療期間をそのまま乗じる場合や、喪失率との兼ね合いで実通院日数のみを乗じる場合もあります。この辺りは、実態に即して算定されることが多いでしょう。
被害者側として計算する場合には、基礎収入を365日で割る以上、治療期間をそのまま乗じる方法により計算して請求することが妥当と思われます。
労働能力喪失率
労働能力喪失率は、交通事故後、どれだけ傷病が事業に影響を与えたかを割合で算出したものです。仕事内容、怪我の内容、治療状況などを勘案し、計算していきます。
例えば事故後2か月は100%喪失、事故後2か月から4か月までは50%、4か月以降6か月後までは30%とするなど、逓減方式をとることもあります。
全治療期間を総じて40%の労働能力喪失率とすることもあります。
事案に応じて、どのような計算方法がもっとも実態に則しているかを検討します。
自営業の休業損害に関する有効な証拠とは
自営業の方が休業損害の請求をする際に必須となる資料は確定申告書です。確定申告書には所得金額が記載されていますから、これをみれば事故前年度の所得が明らかになるわけです。
保険会社は、自営業の方が休業損害の賠償を請求した場合、ほぼ確実に確定申告書の提出を求めます。
「確定申告はしていないけど、たくさん収入はある」
「確定申告はしているけど、申告書に記載されている所得以上の所得がある」
といった事情は、保険会社は考慮しないことが多いです。
確定申告書の提出がないと、保険会社は休業損害の賠償に応じないでしょう。
保険会社としては、
「一定の収入があれば税金を納めているだろう」、「税金を納めていないのであれば、収入はないだろう」
と考えてしまいます。
確定申告書に記載された所得以外の所得があるという被害者の主張も、保険会社は基本的に認めません。本当に確定申告書以外の所得があっても、申告していない以上、「ない」ものと扱うわけです。
また、基礎収入に固定経費を加算して請求する方法による場合、確定申告書に添付する収支内訳書が有効な証拠になります。
確定申告をしていない場合、申告外所得がある場合の交渉方法は?
もし、確定申告をしていない場合や、確定申告書以外の所得を主張したい場合は、厳しい示談交渉となることが想定されます。
しかし、実際の裁判では、確定申告をしていない場合でも一定の収入の存在を認定したケースや申告外所得を認定したケースはそれなりにあります。そのため、これらの主張をすぐに諦めるべきではないでしょう。
被害者としては、
「売上、経費、利益のわかる客観的な資料」
を一生懸命集めましょう。例えば、
売上に関しては
・預金通帳記載の入出金の履歴
・請求書
経費に関しては
・賃貸借契約書
・水道光熱費の請求書
・その他、事業に必要となった経費に関する領収書など
これらの資料から、月々の売上、経費などが分かれば、ぼんやりですが所得をイメージすることはできます。控えめな認定になる可能性はありますが、一定の収入が認定される可能性はあります。
また、平均賃金程度の収入の存在を立証することができれば、賃金センサスを使用して基礎収入を認定するケースもあります。
自営業者の休業損害が問題となるケース
赤字でも休業損害の賠償を受けられる?
仮に、事故前年度の確定申告書では赤字となっていたとしても、事故に遭わなければ黒字に転じていた可能性があることや、前記のように具体的な事業の運営状況、生活実態などを考慮して一定の収入が認定されるケースもあります。
事故に遭わなければ事故前よりも収入が多くなったはずなので、もらえるはずだった増加後の収入を賠償して欲しい場合
例えば、事故当時、今まで受注していなかった大口顧客の工事を予定してものの、事故により工事を完成させることができず、本来得られたであろう収入を失った場合、このような損失の賠償を受けることはできるでしょうか。
この場合も、例えば見積書や納期、具体的な工事スケジュールの存在を立証することで本来得られたであろう収入を算定することは可能です。もちろん、その工事のために出費するはずだった経費を出費せずに済んだ場合には、そのような経費を控除したうえで、「得られたであろう利益」を算定することになります。そして、これを休業損害として請求することになります。
事故に遭わなければ高い確率で所得が増加し、被害者がその所得を得られたといえるような場合には、その増加後の所得の賠償を受けることも可能です。
事故当時は無職だったが開業を予定していた場合
開業予定であれば、事故前年度の収入を出そうとしても、出しようがありません。
しかし、本来、休業損害とは、交通事故に遭わなければ得られたであろう所得を賠償するものですから、事故当時無職で開業を予定しているに過ぎなかったとしても、休業損害の賠償を受けることは可能です。
開業予定日、開業に向けた準備状況を示す資料(チラシなどの広告、告知状況、融資状況、融資を受けるために作成した事業計画書など)があれば、一定の収入を得ていた旨の判断が可能ですので、諦めずに主張しましょう。
千葉県の裁判例について
実際の裁判所の考え方をみてみましょう。
千葉地裁 平成21年5月27日判決
この事例は、事故当時50代の個人タクシー運転手が、事故により休業を余儀なくされた事例です。
千葉地裁は、休業損害について以下のように判断しました。
「証拠によると、Xは、平成18年9月22日から同年12月10日まで80日間休業をしたこと、Xの平成17年分の収入は304万6,787円であり、必要経費(固定経費である租税公課、損害保険料、減価償却費、地代家賃を除く)を控除した1日当たりの所得は4,822円となることを認めることができる。したがって、80日分の休業損害として38万5,760円を認めるのが相当である。」
この事例で裁判所は、上記で説明したように、事故前年度の収入から経費(固定経費を除く)を控除した利益を出し、これを前提に1日あたりの所得を算出しています。
これに、休業期間を乗じた額を休業損害として認定しています。
千葉地裁 平成26年6月19日判決
この事例では事故当時、防水工事業を営む40代男性の休業損害について判断した事例です。休業の必要性なども争点となっている事例です。
ア 労働能力の喪失、休業の必要性について
前記認定事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故当時、原告が防水業を営み、自ら防水工事の施工等の労務に就くこともあったこと、原告は、本件事故により頸椎捻挫を受傷し、これによって頭痛、頸部痛、手のしびれの症状が後遺障害として残存したこと、本件事故後にV病院を受診した際、平成17年9月26日に仕事を続けていると述べたり、同年11月には上記症状により休業していると述べたりしていたことなどが認められる。これらの事実によれば、原告は、本件事故により発症した上記症状のため、症状固定日までの間、一定の割合で上記労務を休業する必要があったと認められ、その労務が肉体労働である工事施工業務を含むものであることからすると、原告の収入が減少したことについての明確な証拠がないことを考慮してもなお、上記認定は覆らない。他方、原告の後遺障害の内容・程度及びその労働能力に与える影響を併せ考慮すると、原告は、本件事故の日から症状固定日(平成18年2月末日)までの194日間にわたり、本件事故により受傷したことにより、その労働能力を平均して4割喪失し、同程度で休業の必要があったものと認めるのが相当である。
イ 基礎収入について
原告は、原告の平成16年の収入は887万5,114円であり、原告の収入日額は2万4,315円であると主張する。しかしながら、上記収入額が記載された平成17年度市民税・県民税申告書は、本件事故後に作成されたものであり、これを裏付ける的確な証拠はない。もっとも、前記のとおり、原告が防水業を営み、これにより仕事に復帰した後の平成22年から平成24年までの間に年額1,000万円を超える売上げを得たこと、原告が本件事故当時43歳の男性であったこと、賃金センサス平成16年第1巻第1表による40歳から44歳の年収額は570万4,100円であることなどからすると、前記申告書による平成16年の所得額568万2,000円を基礎として、原告の休業損害を算出することが相当である。
ウ 計算式
568万2,000円÷365日=1万5,567円
1万5,567円×194日×0.4=120万7,999円
この事例では、明確な減収の立証がなかったものの、仕事の内容や傷病の程度などを考慮して、労働能力喪失率を検討して休業損害を算出しています。
いかがでしょうか。
自営業の被害者は、休業損害の賠償に苦労することが多くあります。
しかし、上記で説明したような客観的な資料あれば、休業損害の賠償をしっかり受けることも可能ですので諦めずに主張しましょう。
休業損害の請求にお困りであれば、交通事故に強い弁護士にご相談ください。
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