交通事故の被害に遭い、保険会社が治療費を対応する場合、保険会社の多くは保険診療ではなく、自由診療を前提として治療費の支払いをしていると思われます。
その場合、被害者は治療費がいくらなのか、把握していない方がほとんどです。
しかし、状況によっては、健康保険や労災保険を使用した方がいい場合があります。
今回は、
・業務災害、通勤災害の場合は労災保険を使った方がいいの?
・健康保険で通ったほうがいい場合って?
といった疑問について、解説していきます。
少しでも多く賠償金を手元に残すなら、労災保険や健康保険を使用することのメリット・デメリットを知っておくと良いでしょう。
労災保険ってどのような保険?
労働者が仕事中にケガをした場合、使用者が治療費などを負担するほか、休業した場合には休業補償を支払うことが法律上義務付けられています。
しかし、実際、使用者に資力がない場合など、補償が不十分となってしまうこともあります。
そこで、国は、労働災害が生じた場合の労働者への補償を確実なものするため、労災保険への加入を使用者に義務付けました。
保険料は全額使用者が負担し、労働者を一人でも雇用していれば、使用者は労災に加入することが義務付けられます。適用対象は、パートはもちろん、アルバイトも対象となっています。
どのような場合に労災保険を使える?
交通事故において労災が適用されるのは、主に
・業務上の災害(例)タクシーやトラックのドライバーなど)
・通勤災害
となります。
交通事故が業務上の災害や、通勤災害といえる場合は、労災の使用が可能となります。
なお、業務外の事故や、通勤経路から外れた場合の事故については、労災の適用外となるため、健康保険の使用を検討することになります。
労災保険を使用することによって受け取れるお金は?
交通事故の被害に遭った場合、主に以下の項目のお金を受け取ることが可能です。
①治療費(療養(補償)給付)
交通事故で要した治療費は労災保険から支給されます。労災指定病院であれば、被害者が病院の窓口で支払いをする必要がなくなります(この場合、病院が労災に直接請求してくれます)。
②休業損害(休業(補償)給付)
通常は、月々もらっている給料の6割を補償してもらえます。なお、労災保険のなかには、「特別支給金」という通常の休業補償に2割上乗せして支給される制度も用意されています。これは、賠償金とは別に受領することができるものですので、あとで示談金から差し引きされる心配はありません。そのため、「受領しないのは損」といえるものです。
上記のほか、長期の療養になった場合の年金や、後遺障害が残った場合の障害給付、介護費用なども受領できます。
労災保険を使うメリットは?
過失割合に関係なく治療費を負担してくれる
たとえば、信号のある交差点における直進四輪車と対抗右折四輪車との事故の場合、双方の信号が青信号であれば、過失割合は直進車:右折車=2:8となります。
この事故で直進車を運転していた被害者に必要になった治療費が、仮に100万円だとします。この場合、被害者は事故発生に2割の過失があるため、20万円を自己負担することになります。
しかし、労災保険を使用していれば、労災側が治療費のすべてを支払ってくれるので、被害者の自己負担部分がなくなります。
このように、労使保険を使用すると過失割合に関係なく治療費を支払ってくれるという点で、被害者には大きなメリットがあります。
これは、休業補償についても同様です。
他の賠償項目に流用されない(費目間拘束)
さらに、労災保険から支払われたお金は、実務上、「費目流用の禁止」や「費目間拘束」といった特典もあります。
たとえば、
過失割合が被害者:加害者=2:8の事例で、以下の例を検討してみます(労災と自由診療の点数の差は考慮しないものとします)。
ア:労災保険を使用せず、相手任意保険会社が治療費を負担した場合
治療費 | 100万円 |
交通費 | 10万 |
慰謝料 | 150万円 |
合計 | 260万円 |
過失相殺 | 52万円 |
既払額 | 100万円 |
賠償金 | 108万円 |
このように、本来被害者が負担しなければいけない2割分の治療費について、相手方任意保険会社が負担した場合、それは「すべての賠償金の支払いのひとつ」として処理されるため、既払い額として計上されることになります。
この扱いは、労災保険を使用すると劇的に変わります。
イ:労災保険を使用した場合
治療費 | 100万円 100万円×0.8(過失相殺)=80万円 80万円-100万円(労災からの既払い)=-20万円 相手方保険会社との関係では0円として計算する。 |
交通費 | 10万 |
慰謝料 | 150万円 |
合計 | 160万円 |
過失相殺 | 32万円 |
既払額 | 0円 |
賠償金 | 128万円 |
労災保険を使用すれば、被害者が負担すべき2割分の治療費も、すべて労災が負担してくれます。
また、-20万円の治療費については、上記の任意保険会社が治療費を負担した場合と異なり、労災から「治療費」という項目に絞って支給されるものであるため、他の項目(たとえば慰謝料や交通費)から差し引きされるものではありません。つまり、上記の計算によると、被害者は20万円分を得しているようにみえますが、これについては労災側が負担してくれますので、何ら問題ないわけです。
このように、被害者は労災保険を使うことで、最終的な賠償金の受け取り額が増えることになります。
上記の例では治療費が100万円で、過失が2:8という前提でお話をしましたが、治療費が多額になればなるほど、被害者側の過失が大きければ大きいほど、受け取り額は大きく変わってきます。
大きな怪我で、かつ、被害者側の過失も大きいような事案については、間違いなく労災を使用した方がいいです。
保険会社からの治療費の打ち切りなどの圧力を受けず、十分な治療ができる
最近は、保険会社が一括対応をして治療費を負担する場合、むち打ちなら事故から3か月程度で治療費の打ち切りを打診されるケースが見受けられます。
被害者が、
まだまだ通院したいのに…
改善傾向があるのに…
と思っていても、保険会社は一方的に治療費を打ち切ってくるわけです。
被害者の中には、保険会社からの打ち切りの圧力に耐えられず、打ち切られた時点で示談をしてしまう人も多いようです。
しかし、労災を使用し、労災から治療費を支払ってもらえば、被害者は保険会社からの治療費の打ち切りの圧力を気にすることなく治療をすることができます。
もちろん、労災からの治療費の支給も限界はありますが、少なくとも、保険会社よりは長い期間治療できるケースがほとんどですので、十分な治療をしたい被害者の方にとっては、労災を使用するメリットは大きいといえます。
もちろん、相手方保険会社が治療費を打ち切ってきたときに、労災保険に切り替えて治療を継続することも可能です。
労災保険を使うデメリットは?
①手続きに少し手間がかかる
交通事故によって労災を使用する場合、労災保険側としても、被害者に治療費を支払ったままにしておくわけにはいきません。労災は保険会社に対して加害者の過失分の限度で被害者に支払った治療費等を回収することになります。これを求償というのですが、そのために「第三者行為災害届」というものを被害者が労基署に提出しなければなりません。
また、自賠責保険等の支払いと労災保険からの支払い等が重複しないようにするため、「念書」の提出を必要とされるケースもあります。
このように、交通事故で労災を使用する場合、若干、手続きに手間がかかります。
もっとも、上記の各メリットと比べると、手続きが手間だからといって労災の使用をためらうのは勿体ないでしょう。
②会社が労災の使用を嫌がる
会社は「労災」という言葉をすごく嫌がります。特に中小企業などで従業員と会社との距離が近い場合、会社の顔色をうかがって労災の使用をためらう方が多くいます。
しかし、会社は労災を使用させる義務があります。また、仮に会社が労災の使用に協力してくれないとしても、労基署などに相談すれば会社の協力なくして労災の使用をすることが可能です。
また、通勤災害の場合には、会社が労災を使用したとしても、労災保険料の増額などはありませんので、会社の担当者にその旨説明することも有効でしょう。
交通事故の場合にも健康保険を使える?
次は健康保険についてです。
健康保険は、私病などで通院した際に使用することが一般的ですが、交通事故の場合でも問題なく健康保険を使用できます。
最近でも、病院の窓口で「交通事故の場合は健康保険を使用できません」と案内される被害者がいるようですが、この病院の案内は誤っています。
交通事故の場合に健康保険を使用して通院することができる旨は、厚生労働省の通達(昭和43年10月12日保険発第106号、平成23年8月9日保国発0809第2号)で明らかにされております。
後で説明するように、1点あたりの診療報酬は自由診療の方が圧倒的に高いため、病院側は、同じ治療をするなら健康保険よりも自由診療の方が儲かる以上、健康保険の使用を控えて欲しいのかもしれません。
しかし、交通事故の被害者は健康保険を使用して交通事故の治療をうけることが可能ですので、病院の窓口の人には、上記のことをしっかり説明して理解してもらうようにしましょう。
健康保険を使うメリットは?
治療費の総額を抑えることができる
健康保険を使用した場合の最大のメリットは、治療費の総額を抑えることができるという点です。
健康保険を使用せず、自由診療で治療した場合、診療報酬は1点あたり約20円となります(病院によって異なります)。他方で、健康保険を使用した場合、診療報酬点数は1点10円になりますので、同じ治療をしても治療費の総額はかなり低くなります。
被害者側にも一定の過失が生じる場合、被害者も一定程度治療費を負担することになる以上、治療費の総額を抑えることは、自己負担額を抑えることにつながります。
そのため、大きい怪我をした場合で、かつ被害者側にも過失がある程度生じる場合には、健康保険の使用を検討しましょう。
過失が一切ない場合でも有効
被害者の方のなかには、追突などの無過失の事案の場合、「加害者側の負担額のことを考える必要はない」、「たくさん治療費を払えばいい」と考えて、あえて健康保険を使用しないという選択をとる方もいます。
しかし、相手方保険会社が治療費を一括対応している場合、治療費がかさむほど、治療費打ち切りの可能性は高まります。
保険会社に治療費を長く払ってもらうためには、健康保険を使用することも有効といえます。
打ち切られたときの対処法にもなる
保険会社から治療費の打ち切りを打診されたとき、健康保険を使用することで自己負担額を抑えつつ、治療を継続することができます。
もちろん、交通事故による治療として必要性、相当性のある治療費であれば、相手方保険会社や、相手方が契約している自賠責保険に立て替えた治療費を請求することで回収することできる場合もあります。
健康保険を使うデメリットは?
労災保険の場合と同様、交通事故によって健康保険を使用する場合、健康保険組合側としては、被害者に治療費を支払ったままにしておくわけにはいきません。健康保険は保険会社に対して加害者の過失分の限度で支払った治療費等を請求することになります。これを求償というのですが、そのために「第三者行為による傷病届」というものを被害者が健康保険組合等に提出しなければなりません。これは、健康保険組合等が加害者や加害者の契約している任意保険、自賠責保険に治療費の回収をするためです。
このように、健康保険を使用することのデメリットは、若干手間がかかるという点くらいです。
健康保険を使う際の注意点
以上のように、健康保険を使うことは、多少の手間がかかりますが、被害者にとって大きなメリットがあり、積極的に使っていくべきものといえます。
ただし、交通事故が業務上の災害や通勤災害といえるような場合、健康保険は使えません。
本来、労災保険の対象となるにもかかわらず、健康保険を使用してしまうと、最悪の場合、健康保険組合等が立て替えた7割分の治療費を被害者がいったん返金しなければいけない場合があります(返金した後、労災から支給を受けてください、ということになります)。
保険会社の担当者もこの点について理解していないケースが散見され、労災事案であるにもかかわらず、保険会社の担当者が被害者に対して「健康保険を使用してください」と案内してしまっているケースはそれなりあります。また、会社が労災の使用を嫌がっているからという理由で健康保険を使用してしまっているケースもあります。
あとで、とても面倒な手続きが必要になってしまうので、気を付けましょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
労災保険や健康保険の使用が、受け取る賠償金の額に大きな影響を与えることがお分かりいただけたかと思います。
治療費を打ち切られた時の対処法や、労災保険、健康保険を使用すべきか否かでお悩みの方は、一度交通事故に強い弁護士に相談することをおすすめいたします。
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